依存症の仲間と共に

薬物アルコール依存症。境界性人格障害。解離性障害。養子縁組。

寛解にむけて その2

新居から施設までは

乗り換えなし8分で行けます。


自宅から駅まで200m

施設も最寄駅からすぐです。


プログラムを続けるには

最高の環境です。


退院に辺り

会長さん夫婦にご挨拶に行きました。


お父さんからは

「りょうには酷な事だけれど

◯◯(パパ)はダメだ。

お金も返ってこないと諦めるしかない。」


お父さんは厳しい事を

ハッキリいいますが

普段はとても優しいです。


3人の息子さんが

男だけのせいか

娘のように可愛がってくれます。


お母さんからは

「この前ね田舎の姉が

『こっちは土地が安いから

帰って来ないか。』って言うのよ。

りょうちゃん一緒に帰ろうか笑」


冗談でも嬉しかったです。


私は田舎が苦手ですが

お母さんとならイイなぁなんて

図々しい想像をしてしまいました。


夕飯をご馳走になり

退院祝いだと御祝い金まで

頂戴しました。


そのお祝い金で

もの凄い寒がりの私は

電気ストーブを買わせて貰いました。


ありがとうございます。


さて

これからは生活保護に守られ

施設 自助グループに通う環境が

整いました。


パパと離れて暮らすことは

辛いし寂しいです。


然し

これからは3食食べる事が出来

暖かい部屋で過ごすことが

出来ます。


テレビも有ります。


ただ

パパのせいで着るものがない!怒


夏物は何とかなりそうですが

この時は冬‥


ユニクロのスウェットが数枚

残り少ない洋服は

入院中6キロも

太ってしまったので入らない笑


ダイエットしなくてわ‥


ダウンジャケットが残っていたのが

救いです。


それと

どうしたことか

靴下がパパの靴下があって

私のがありません。


仕方ないのでしばらくは

パパのを履くしかないです。


入院前にパパの引越し準備と

一緒に私は自分の荷物を

ダンボールにまとめたのに

バカなパパが

レンタル倉庫に入れたばっかりに!怒


最後の最後に残った

僅かな私物まで失いました。


アクセサリー

化粧品


何がキツイか‥

1番はアルバムです。

今でこそスマホで撮って保存出来ますが


まだスマホがない頃

一生懸命働いて

よく海外旅行に行きました。


それと

息子の写真‥


私はネグレクトしてきたので

自業自得ですが

息子の写真が殆どありませんでした。


地元を出る前に

息子と暮らしていた時

息子は成人していました。

写真を撮らせて貰えませんでした。


息子の写真は1枚だけ

奇跡的にありました。


3歳だったと思います。

旅行先で撮った私とのツーショット

ネグレクトした私の中で

今も息子は3歳のままです。

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