依存症の仲間と共に

薬物アルコール依存症。境界性人格障害。解離性障害。養子縁組。

境界性人格障害 その7

病気の症状のせいで

怒りがコントロール出来ない。


私にはそれだけが原因では

ないとわかっています。


危険ドラッグの使用も

感情の起伏を増しているはずです。


薬が効いている間は機嫌がいいです。

2日も眠らず使えば

イライラし始めて

寝たくても眠れない。

眠剤も普通の量では効きません。


食欲もないので166㎝の私は

この時44㎏になっていました。

食べられないので

低血糖を起こします。


チョコレートなら食べられたので

お徳用パックをパパに買って来て貰い

ひたすらチョコレートだけ食べていました。


後はお酒です。

眠りたいから眠剤とお酒を飲む。


その晩私はウォッカとつまみ代わりに

眠剤をポリポリしていました。


記憶が曖昧ですが

パパが帰宅してパソコンで

仕事をしていました。


しばらくして

私はパパに対して

何か気に触ったんでしょう。


次に気づいた時はベランダの外‥


パパんちは2階です。

1階は大屋さんの自宅で

ウチのベランダの外は雨よけの屋根があり

ザラザラした素材で私は

それに引っかかっていました。


パパはどうせいつもの

死ぬ死ぬ詐欺と思っていて

気にもしていなかったようです。


時間が経っても

部屋に戻って来ないし物音もしない。


それでベランダに出たら

私の様に驚き引っ張り上げようと

しましたが持ち上がりません。


救急車を呼ぶ為に電話をしようと

部屋に戻った間に

私は落下したようです。


私が次に記憶があるのは

救急車の中で

「痛い。痛い。」と言ってたことです。


今まで何度もOD(薬の過剰摂取)を

する度に救急車沙汰になりましたが

精神科に通院していると

受け入れてくれる病院がありません。


この時も受け入れてくれる病院がなく

やっと見つかった病院は2時間もかかる

遠方でした。


私はまた気を失っていたようで

次に気づいた時には

5.6人の医師達に囲まれて


「お義父さん。娘さんをウチの病院で

診させてもらえませんか?」

と言われました。


私が知らない間にパパが何を話したか

知りませんが

パパは良い先生だと思ったみたいですが

遠すぎて通院は断念しました。


先生からは

「低層階でも打ち所が悪ければ

死んでしまうこともあるし

車椅子の生活になる事もあるからね。」

と言われました。


私は尾骶骨骨折だけで済みました。


私は死にたいのに

どうして死なないんだろう。

自分の運の良さに感謝する処か

腹が立ちます。

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